バイオ炭による連作障害対策|科学的根拠
政府も推進する、持続可能な土壌改良技術
バイオ炭とは
📖 バイオ炭の定義(農林水産省)
「燃焼しない水準に管理された酸素濃度の下、350℃超の温度でバイオマスを加熱して作られる固形物」
バイオ炭の原料となるバイオマスには、木材、竹、家畜ふん尿、草本、もみ殻、木の実(トウモロコシの芯など)、下水汚泥などがあります。
バイオ炭は、古くから日本の農業で「炭」として土づくりに活用されてきました。先人たちは経験的に「地力が落ちたら炭をいれろ」と言い伝え、その効果を実感していました。
近年、バイオ炭の土壌改良効果が科学的に解明され、さらに地球温暖化対策(炭素貯留効果)としても国際的に認められたことで、政府の推進する農業技術として再び注目を集めています。
🌏 政府の位置づけ
地球温暖化対策計画(2021年10月閣議決定)において、バイオ炭の農地施用は農地土壌吸収源対策の一つとして正式に位置づけられています。
みどりの食料システム法でも、環境負荷低減の取組として支援対象となっており、J-クレジット制度を通じた収益化も可能です。
🔬 科学的根拠
2019年の第49回気候変動に関する政府間パネル(IPCC)総会にて承認された「2019年改良IPCCガイドライン」に、農地・草地土壌へのバイオ炭投入に伴う炭素固定量の算定方法が追加されました。これにより、バイオ炭の環境効果が国際的に認められています。
参考:農林水産省「バイオ炭の農地施用をめぐる事情」(令和7年4月)
バイオ炭が連作障害を防ぐ5つのメカニズム
バイオ炭が連作障害対策に効果的である理由は、その多孔質構造と炭化による安定性にあります。以下、科学的に証明された5つの効果メカニズムを解説します。
微生物活性化
バイオ炭の無数の微細孔(マイクロメートル単位)が有益微生物の住処となります。
- VA菌根菌の増殖促進
- 窒素固定菌の活性化
- 放線菌など有益微生物の選択的増殖
- 土壌微生物多様性の回復
保水性・保肥性の向上
多孔質構造により、水分と養分を効率的に保持します。
- 土壌の保水力向上
- 肥料成分の流出防止
- 植物の養分吸収効率アップ
- 乾燥ストレスの軽減
土壌物理性の改善
バイオ炭が土壌中に空隙を作り、通気性と排水性を改善します。
- 透水性の向上
- 通気性の改善
- 団粒構造の形成促進
- 根の伸長環境の改善
土壌化学性の改善
バイオ炭は一般的にアルカリ性(pH9〜11)を示し、酸性土壌の改善に効果的です。
- 酸性土壌のpH矯正
- ミネラル分の供給
- 養分利用効率の向上
- 作物の耐病性向上
有害物質の吸着
バイオ炭の吸着能力により、土壌中の有害物質を固定化します。
- 重金属(カドミウムなど)の吸着
- 生育阻害物質の吸着
- 連作障害の原因物質の除去
- 農産物への有害物質移行防止
🔬 科学的根拠
農研機構が2015年に公開した成果情報『バイオ炭の理化学的特徴を考慮した畑地基盤の改良技術』、および日本バイオ炭普及会の研究によると、バイオ炭の多孔質構造が微生物の住処となり、土壌の物理性・化学性・生物性を総合的に改善することが実証されています。特に、適度な保水性と通気性を併せ持つマクロ孔が、植物の細根侵入やVA菌、窒素固定菌などの有益微生物の増殖を促進します。
参考:農研機構「バイオ炭の理化学的特徴を考慮した畑地基盤の改良技術」、日本バイオ炭普及会「土壌改良用バイオ炭の施用目安」
連作障害の3つの原因への効果
前ページで解説した連作障害の3つの主要因(土壌病害・線虫害・生理障害)に対して、バイオ炭がどのように作用するかを詳しく見ていきます。
①土壌病害への効果
🦠 微生物バランスの改善による病害抑制
バイオ炭の多孔質構造が有益微生物の住処となることで、以下の効果が得られます:
- 有益微生物の選択的増殖:放線菌やトリコデルマ菌など、病原菌の増殖を抑制する微生物が活性化
- 微生物多様性の回復:単一化した微生物相から、多様で健全な微生物生態系へ
- 土壌の免疫力向上:病原菌に対する自然な抵抗力が高まる
- 根圏環境の改善:健全な根の成長により、病原菌の侵入を防ぐ
②線虫害への効果
🐛 線虫バランスの正常化
バイオ炭施用による土壌環境の改善が、線虫バランスに良い影響を与えます:
- 善玉線虫の増加:土壌微生物の活性化により、有益な線虫が増殖
- 悪玉線虫の抑制:微生物相の改善により、害虫線虫の異常増殖を抑制
- 物理的バリア:土壌構造の改善により、線虫の移動が制限される
③生理障害への効果
⚗️ 栄養バランスと有害物質の管理
バイオ炭の化学的・物理的特性が、土壌の栄養環境を改善します:
- 保肥性の向上:養分の流出を防ぎ、植物が必要な時に養分を利用できる
- pH調整:酸性に傾いた土壌を中性〜弱アルカリ性に矯正
- 生育阻害物質の吸着:連作により蓄積した有害物質を吸着・固定化
- 養分利用効率の向上:微生物の活性化により、養分の可給態化が促進
🔬 科学的根拠
生研支援センターの前田洋一研究リーダーによる報告書「バイオ炭」(令和6年)によると、バイオ炭の用途として「土壌改良、肥料、生育阻害物質の吸着(連作障害の回避)」が明記されています。多孔質構造による微生物活性化と、吸着能力による有害物質の固定化が、連作障害対策として科学的に認められています。
参考:生研支援センター「バイオ炭」研究報告書、国際有機公社「連作障害対策」
バイオ炭の種類と効果の違い
バイオ炭は原料と生成温度により、効果が異なることが農研機構の研究で明らかになっています。連作障害対策には、原料選択が重要です。
| 原料 | 生成温度 | 保水性改良 | 保肥性改良 | pH調整 | リン供給 |
|---|---|---|---|---|---|
| 木質チップ | 低温(400℃) | ◎ | ◎ | × | × |
| 竹 | 低温(400℃) | ◎ | ◎ | △ | × |
| もみ殻 | 低温(400℃) | △ | ◎ | △ | × |
| トウモロコシ芯 | 中温(500℃) | ◎ | ◎ | ○ | ○ |
| 鶏ふん | 低温(400℃) | △ | × | ◎ | ◎ |
※ コーンコブミラクルのトウモロコシ芯は、吸着率を上げるために、生成温度を800度で生成しています。
🌽 トウモロコシ芯由来バイオ炭の特徴
トウモロコシの芯(コーンコブ)は、外殻・木質環・髄の3層構造という複雑な造体を持ちます。この構造が以下の独自の利点を生み出します:
- 複雑な多孔質構造:木炭より構造が複雑で、微生物が住み着きやすく、一度入った微生物が逃げにくい
- 高い保水性と保肥性:3層構造による優れた水分・養分保持能力
- バランスの良い効果:保水性・保肥性・pH調整・リン供給をバランスよく実現
- 重金属吸着能力:カドミウムなどの重金属を吸着して離さない特性
🔬 科学的根拠
農研機構農村工学研究部門の研究「バイオ炭の理化学的特徴を考慮した畑地基盤の改良技術」および農林水産省の公表資料により、原料と生成温度による効果の違いが明らかにされています。トウモロコシ芯由来のバイオ炭は、その独特な3層構造により、木質系の利点(保水性・保肥性)と作物残渣由来の特性をバランスよく併せ持つことが実証されています。
参考:農研機構「バイオ炭の理化学的特徴を考慮した畑地基盤の改良技術」(2015)、農林水産省「バイオ炭の農地施用をめぐる事情」(令和7年4月)
バイオ炭による連作障害対策の実績
バイオ炭を使った連作障害対策は、全国の農家で実践され、具体的な成果が報告されています。
✅ 実証された効果
- 粘土質土壌の改善事例(ネギ栽培):3年間の継続施用により、土壌がゴロゴロした塊から柔らかく作業しやすい状態に改善。収穫作業の効率が大幅に向上
- ホモプシス根腐病対策事例:前年全滅した畑にバイオ炭と微生物資材を施用し、順調な生育を実現
- 果実品質の向上:桃の糖度が通常13〜15度のところ、30度超を達成(コーンコブミラクル使用事例)
- 化学肥料の削減:保肥性向上により、肥料使用量を20〜30%削減可能
- 収量の安定化:土壌環境の改善により、年度による収量変動が減少
🏛️ 政府による支援制度
みどりの食料システム法に基づき、バイオ炭を活用した環境負荷低減の取組には以下の支援があります:
- J-クレジット制度:バイオ炭の農地施用による炭素貯留量をクレジット化して販売可能(平均約3,800円/t-CO₂)
- 税制優遇:環境負荷低減事業活動実施計画の認定により、税制上の特例措置
- 補助金・交付金:機械導入や資材購入に対する支援
- 技術支援:都道府県の普及指導員による技術指導
🔬 科学的根拠
マイナビ農業(2021年10月22日)の記事「トウモロコシの炭からできた土壌改良剤『コーンコブミラクル』が農業を変える!」では、実際の導入農家による具体的な成果が報告されています。
参考:マイナビ農業「コーンコブミラクルが農業を変える」(2021)、
バイオ炭施用の注意点
バイオ炭は効果的な土壌改良材ですが、適切な使用方法を守ることが重要です。
施用量の管理
バイオ炭が多すぎると、土壌がアルカリ性に傾きすぎる可能性があります。日本バイオ炭普及会の「土壌改良用バイオ炭の施用目安」では、以下の施用方法が推奨されています:
- 全面混合:10a(1反)あたり1〜3トン(土壌に対して1〜10%)
- 畝施用:幅60cm、深さ15cmの畝に対して10〜30%混合
- 植え穴施用:直径30cm、深さ15cmの穴に1〜2L混合
pH管理
バイオ炭はpH9〜11のアルカリ性を示しますが、これは炭に付着する酸化金属類に起因し、潅水により比較的容易に中性側に調整できます。酸性を好む作物には注意が必要です。
継続的な施用
バイオ炭の効果を最大限に引き出すには、継続的な施用が重要です。1回の施用でも効果は見られますが、2〜3年継続することで、土壌微生物生態系の安定化が進み、より確実な連作障害対策となります。
参考文献・出典一覧
政府機関・研究機関
-
農林水産省 農産局農業環境対策課
「バイオ炭の農地施用をめぐる事情」令和7年4月
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/attach/pdf/biochar-1.pdf
バイオ炭の定義、種類別効果、地球温暖化対策計画における位置づけ、J-クレジット制度 -
農研機構 農村工学研究部門
「バイオ炭の理化学的特徴を考慮した畑地基盤の改良技術」2015年
原料・生成温度別のバイオ炭効果(保水性・保肥性・pH調整・リン供給)の比較研究 -
生研支援センター
前田洋一 研究リーダー「バイオ炭」研究報告書 令和6年
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/pr_report/reportR6_archive03.pdf
バイオ炭の用途として「土壌改良、肥料、生育阻害物質の吸着(連作障害の回避)」を明記 -
日本バイオ炭普及会
「土壌改良用バイオ炭の施用目安」初版 平成31年1月31日
https://biochar.jp/wp-content/uploads/2019/09/seyoumeyasu.pdf
バイオ炭の施用方法、施用量、土壌への影響、微生物活性化メカニズム -
日本バイオ炭普及会
「バイオ炭とは」
https://biochar.jp/whatisbiochar/
バイオ炭の定義と炭素固定効果 -
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)
「2019年改良IPCCガイドライン」第49回総会承認
農地・草地土壌へのバイオ炭投入に伴う炭素固定量の算定方法を国際的に承認
学術文献・専門機関
-
農業資材メーカー 角一
「地球温暖化対策関連キーワード『バイオ炭』とは。炭を土壌にまくことで得られる効果について」2022年12月26日
https://www.kaku-ichi.co.jp/media/crop/earth-building/biochar
バイオ炭の多孔質構造、保水性・保肥性改善効果、原料による性質の違い -
セイコーエコロジア
「バイオ炭とは? 農地施用におけるメリットとデメリットを解説」2024年7月1日
https://ecologia.100nen-kankyo.jp/column/single295.html
バイオ炭の土壌改良効果、J-クレジット制度の試算、みどりの食料システム法 -
CARBONIX MEDIA
「バイオ炭のメリットとデメリット|土壌改良から地球温暖化対策まで驚きの効果を解説」2025年3月31日
https://sustech-inc.co.jp/carbonix/media/biochar/
バイオ炭の炭化プロセス、多孔質構造の特性、土壌改良メカニズム -
Re+(自然電力グループ)
「バイオ炭とは?メリット・デメリット、J-クレジット制度の活用について解説」2025年5月28日
https://shizenenergy.net/re-plus/column/topics/sustainability/biochar/
バイオ炭の炭素貯留効果、土壌微生物活性化、菌根菌との共生 -
minorasu(BASFジャパン)
「バイオ炭で収益アップ!ブランド構築やJ-クレジット活用などのメリットを紹介」2024年11月27日
https://minorasu.basf.co.jp/81007
バイオ炭の排水性・透水性改善、pH矯正効果、地球温暖化対策 -
深谷農業(農家とスマート農業・アグリテック)
「【問題点まで徹底解説】バイオ炭を使った土壌改良と注目される背景」2025年3月29日
https://deep-valley.jp/column/column2261/
バイオ炭の施用量管理、品質差、J-クレジット制度の活用 -
立命館大学 カーボンマイナスプロジェクト
「バイオ炭とは」
https://ritsumeikan-carbon-minus.org/
バイオ炭の二酸化炭素固定メカニズム、土壌改良効果 -
国際有機公社
「連作障害」2024年10月25日
https://agricare.jp/trouble/
連作障害の原因と土壌微生物生態系の関係
科学論文・Nature関連
-
Natureダイジェスト
Rebecca Barnes(コロラド大学)ら「バイオ炭が土壌の透水性に与える影響」
バイオ炭の粒子形状と水の流れへの影響に関する研究
📊 政府による支援制度
- みどりの食料システム法:環境負荷低減事業活動実施計画の認定制度
- J-クレジット制度:バイオ炭の農地施用による炭素貯留量の認証・取引
- 地球温暖化対策計画(2021年10月閣議決定):農地土壌吸収源対策
📌 注記:本ページで使用した情報は、上記の政府機関、研究機関、学術機関が公開している資料に基づいています。バイオ炭の効果は原料、生成温度、施用方法、土壌条件により異なります。実際の施用にあたっては、土壌診断と専門家のアドバイスを受けることを推奨します。
